マニアが求めたスーパーゼビウス

2ちゃんねるXEVIOUSを懐かしむ」スレからスーパーゼビウス関連のものを抽出。


その世界観で多くの人を惹きつけたゼビウスは、非常に短期間のうちに研究されつくされ、極められてしまうことになりました。ゲーム自体がループゲームであったこともあり、最終エリアである16エリアを突破できる実力があれば、長時間ずっと遊ぶことはそれほど難しいことではなかったからです。ですからプレイヤー達はもう普通のゼビウスでは飽き足らなくなってしまうようになっていくのは時間の問題でした。これは遠藤雅伸にとっては想定外のできごとでした。16エリアまで楽に到達できてしまうようなプレイヤーがそれほどいるとは思っていなかったのです。

そのような日本国内のゼビウスとは異なり、スペインやイタリアなどへ向けたゼビウスは非常に高難易度に設定されていました。日本では16エリアまで到達できないであろうと思われていたはずのゲームがスペインなどでは高難易度に設定されていた理由は、日本国内とは事情が異なっているためで、ゲーム代が1回10円程度で遊べてしまうためでした。ですからペイするためには少々難易度を上げておかないとならなかったのです。

ゼビウスに限らず、DIPスイッチと呼ばれる切り替えスイッチを設定しておくと、同じ基板でも難易度を調整することができるようになっていますが、スペイン版のゼビウスでこのDIPスイッチの設定を最高難易度である通称「ウルトラ」に設定しておくと大変難しいゲームとなり、ゲーム開始音楽が鳴っている最中にギドスパリオが飛んでくるようになると言います。そのような「ウルトラ・スパニッシュ」の話を聞きつけた日本のゼビウスフリークがこれを望まないわけがありません。何とか海外向けのそれらを日本国内で販売できないかと渇望するようになっていきました。

そこで遠藤は海外版をただ持ってくるのではなく、ちゃんとした別バージョンとして難易度を上げた「スーパーゼビウス」(1984, ナムコ)を作ることにしました。16エリアを越えて当たり前の腕前を持ったプレイヤー達だけに向けたスペシャルバージョンとして、さらにいくつかのご褒美もつけました。ゼビウスのときにバグで出現して噂が広まってしまった「ファントム」「ギャラクシアン」などに設定づけを行って出現させ、ゼビウスフリーク達が作り上げたテクニックである「ジェミニ誘導」を行いやすいよう、ブラグスパリオの点数を上げたのです。しかし、このような難易度では通常販売に耐えうるレベルのものではなかったため、ナムコの直営店だけに出回るように配慮されました。マニアが望むものは市場が望むものとは一致しないからでしょう。それはゼビウスが発売された1980年代より遥か未来に証明されることになっていきます。